昭和の名横綱・輪島さん逝く 70歳 “黄金の左”で優勝14回

10/09 17:12
“黄金の左”で一時代を築いた、元横綱の輪島大士さんが9日朝、亡くなった。
70歳だった。

2005年、元横綱・輪島さんは、「良きライバルであり、良き友でもあり」と話していた。

昭和の相撲界を背負った元横綱・輪島大士さん。

現役時代には“黄金の左”を武器に、大横綱・北の湖と、日本中を熱狂の渦に巻き込んだ。

2017年1月に撮られた輪島さんの写真。
やせてはいるが、表情は、しっかりとしている。

一緒に写真に納まる男性は、元横綱 輪島ファンの遠山善英さん。

輪島ファン・遠山さんは、「当時の面影みたいなの、ギラギラしたイメージ。相撲を現役でとっている時の様子とは違って、穏やかな感じでニコニコしていた」と語った。

この時から、およそ1年9カ月。

輪島さんは、帰らぬ人となった。
70歳だった。

突然の訃報に、出身地の石川・七尾市には衝撃が走った。

輪島さんの地元の人は、「亡くなった!? この町を挙げての54代横綱。立派な人だったのにね。お悔やみしないといけない」と語った。

偶然にも、石川県から東京・両国観光に来ていたという女性は「やっぱり(石川の人にとって)ヒーローでした」、「頑張ってほしいと思ったんですけど」などと話していた。

学生相撲のチャンピオンとして、鳴り物入りで角界入りした輪島さんは、1973年5月、横綱に昇進。
初土俵から、わずか3年半のスピード出世だった。

翌1974年に横綱となったライバル・北の湖とは、毎場所のように名勝負を繰り広げ、「輪湖時代」を築いた。

1976年、春場所の千秋楽でも...。

最大の武器は、左をさしてからの強烈な下手投げ。

トレードマークだった金色のまわしとかけて、「黄金の左」と呼ばれ、14回の優勝を果たした。

引退後は、名門・花籠(はなかご)部屋を継承。

1982年、引退会見で、輪島さんは「イチからやり直すつもりで頑張りたい」と語った。

しかし、1985年に年寄株を借金の担保にしていたことが発覚し、廃業することになった。

相撲界を離れた輪島さんが選んだ次なる道は、「プロレス」。
ジャイアント馬場さんに誘われ、全日本プロレス入りを決めた。

元横綱として、初のプロレスラーとなった輪島さん。

デビューの地に選ばれた地元、石川・七尾市は、まさに「輪島一色」に染まった。

プロレス界を引退したあとは、社会人のアメフトチームで監督を務めたり、とんねるずの番組に出演し、「ワジー」の愛称で親しまれるなど、タレントとしても人気を集めた。

しかし近年は、咽頭がんの摘出手術を受け、発声が困難になっていた。

相撲愛好家で、輪島さんのファンである遠山さんは、2017年1月のパーティーで同席。

当時の様子について、遠山さんは「この時(2017年1月)は、もう筆談でしたね」、「パーティーでコメントを求められた時は、必ず書いていた」、「(亡くなった一報を聞いて?)現役の時にあんなに強い人が、そんな病気でというか...」と振り返っていた。

(写真: 時事通信)

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